手話が公用語!「社会とつながりたい」から始まったカフェ
都営三田線春日駅A2出口から徒歩2分。文京区民センターの1階に、手話が公用語のカフェ、-Social Café- Sign with Me × very berry soup(サインウィズミー×ベリーベリースープ)はあります。
近年、国立市のスターバックスのようなサイニングストア(手話を「共通言語」にした店舗)が話題になりましたが、Sign with Meでは手話を「公用語」と位置付けています。
アクターと呼ばれる4名のスタッフは全員手話者で、業務オペレーションで使われるコミュニケーションは手話か筆談のみです。
昨年、10周年を迎えたSign with Me。ろう者(聴覚障害)当事者としてSign with Meをオープンした、一般社団法人 ありがとうの種代表の柳 匡裕さんに、開業までの道のりや経営にかける思いを伺いました。
■ひとり時間も楽しめる店内
入り口の自動扉が開くと、スタッフの方が笑顔で迎えてくれました。身振り手振りで、「店内で食べますか?」と聞いてくれたので、指を「OK」の形にしてイートインの旨を伝えます。
すると、手渡してくれたのは「ご注文はスマホから」と書かれたQRコード。QRコードをスマホで読み込むと、すぐにメニュー表があらわれます。
今回は、紅ズワイガニのトマトクリームパスタとクラムチャウダーのスープセット(税込1,180円)をいただきました。あさりやジャガイモがたっぷり入ったスープは飲みごたえ十分。パスタは贅沢に紅ズワイガニが添えられていて、満足感があります。
店内にはテーブル席と、一人でも気兼ねなく食事ができるカウンター席。静かな音楽が流れ、ゆったりとした時の流れが心地よい空間です。手話で会話する人、一人でランチをする人、いろいろな人がぽつりぽつりと来店し、自分の時間を楽しんでいました。
ちなみに、Sign with Meの美味しいスープやパスタは「出前館」「Wolt」でも注文できます。
カロリー控えめで栄養たっぷりの「茸とソーセージの5種野菜ポトフ」や、素朴な味わいでもちもち食感の「石窯ライ麦パン」など、どれも絶品です!
■当事者抜きで問題は解決できない
カフェをオープンした当初は、メディアからの取材依頼のみならず、大学や研究機関、国連の職員が視察に訪れたそう。
「当事者問題(障害者問題)を当事者自ら解決するという姿勢に驚かれたのかもしれません」
そう言って笑顔を見せるのは、代表の柳さん。
「私たちとしては当たり前のことをしているだけなんですが、『持つ者による持たざる者への支援・援助』という図式が一般的と思われがちなのでしょう。でもこの図式こそが問題をはらみ続けているんだと思うんです」
「たとえば、女性問題を男性の手で解決しようという図式と一緒です」と、柳さんは続けます。
「その場合、主導権は常に男性側が握り、行われる支援・援助は的外れであることも多い。当事者問題は当事者自ら動かない限り本質的な解決にはなりません。だから私たちは、ごく当たり前のことを実践しているだけなんです」
■喧嘩の仕方が分からなかった
そもそもなぜ、手話と音声言語を両立させるのではなく、「手話を公用語」とした店にしようと考えたのでしょうか。その原点には、柳さんが積み重ねてきたこれまでの経験がありました。
(店のシンボルである筆談用のボードは、色とりどりの文字や絵で溢れている)
「聴者はインフォーマルコミュニケーション(私語的な会話)等を通して得られる情報が多いですよね。関係ない人たちの会話から、偶然情報を得られる『偶発的学習』による面も大きい。でもろう者は、それができません。私自身、大人になるまで喧嘩の仕方から仲直りまでのプロセスを知らなかったくらいですから」
生きていくうえで、意図的学習のみでは学べないこともたくさんある。そんな自身の経験から、手話を公用語に定めたのだと言います。
「ろう者は仕事中も、訳がわからないまま怒られれることがほとんどです。1対1での関係性なら、聴者とろう者の差はそんなに大きくありません。しかし集団になると音声言語が先行してしまう。でも手話を公用語にすることで、誰もが、ミスも指摘も見える化され、直すべき箇所をきちんと理解できる。大袈裟だと思われるかもしれませんが、私たちにとって手話は命なんです」
■自分たちの取り組みを「あたりまえ」に
現在はカフェ経営のほか、手話で生きる子どもたちの学習支援事業「あ〜とん塾」の運営、大学の非常勤講師としても活躍されている柳さん。
幼いときから「ありがとう」と言ってばかりで、言われることは少なかった自分が、社会とつながっている実感を得るためにはどうしたらいいか。その思いが活動の原点なのだそうです。
「ありがとう」の反対語は「あたりまえ」だと、柳さんは言います。
「ありがとう」は難が有ると書いて、「有難う」。つまり、汗をかかないと得られないものです。では、汗をかかずに済む状況とは──?
「社会とつながりたい、誰もが『ありがとう』と言われる社会をつくりたい。その気持ちからオープンしたカフェですが、今では私たちの取り組みが『あたりまえ』になってほしいと願っています。最近では手話が使える飲食店も増えている。蒔いた種が芽吹き始めているようで、嬉しいですね」
柳さんが経験した幾度の挫折からカフェ開業までを記した、Sign with Me -店内は手話が公用語–も、2012年に出版されています。 |
投稿者:白石果林 法政大学 現代福祉学部卒業。学校法人・一般企業にて8年間勤務したのち、フリーランスライターとして独立。福祉、働き方、事業承継などの分野で取材・執筆を行う。 |
「一人の百歩より百人の一歩を大切にしたい」。
そう考えるようになったのは、「自分自身、突出した才能がなく平凡だから」なのだそう。
「ヘレンケラーに代表されるように、突出した才能を持つ人が表に出てしまいがち。でも世の中を変えるなら、百人の一歩が大切だと私は信じてるんです」そう言って、柳さんは微笑みます。